週末、いつものお店で着物仲間とお喋りしていたとき、「どうしてこの着物店に辿り着いたのか」の話題になりました。各々が紆余曲折を経てお気に入りのお店を見つけたわけですが――自分にはターニングポイントとして明確に思い出す光景があります。
いよいよ着物にはまった頃のこと、実家から母の嫁入り箪笥を受け継ぎました。そのとき、たくさんの着物を手にした喜び以上に、箪笥の中身が想像よりも遥かにおしゃれで衝撃を受けたのを覚えています。着物好きの祖母が、母のために誂えた着物。どうしておばあちゃんはこんなにおしゃれだったんだろう。なにがわたしと違うのかな? そこで目についたのが、この着物たちの共通点です。祖母が誂えた着物はすべて、とある個人店の畳紙に包まれていたのでした。かつて祖母にはお気に入りの着物店があり、家業の合間にお店へ行くのを楽しみにしていたのだそうです。
残念ながら、その着物店はもう営業していないそうで、どんなお店だったのかを知ることは叶いません。しかし、畳紙の件をきっかけに「着物屋さんって、一体どんな場所なんだろう?」と興味を持つようになりました。なんとなく、祖母のおしゃれの秘密がそこにあるような気がしたのです。そして、いつか自分にも祖母のように行きつけのお店が見つかるのだろうかと、淡い期待を抱いていたのでした。
あれから時が経ち、近隣の着物店へよく顔を出すようになり、かつて祖母もこんなふうに着物を楽しんでいたのだろうかとイメージが膨らむようになってきました。つまるところ、祖母のおしゃれの秘密は確かにそこにあったのだと推察します。きっとそのお店には、祖母の好みをよく理解する店員さんがいて、彼女にとって特別に素敵な品物が揃えてあったはずです。ひょっとしたら、着物を褒め合えるお友達もいたかもしれませんね。それはあくまでもわたしの想像に過ぎないのですが、しかし祖母が残した着物を誰かに褒めていただく度に、やはりそうだったに違いないと確信を強めます。
ひとりの人間のおしゃれって、つくづく色んな人の力で成り立っているものです。着物好きな方には釈迦に説法であるのを承知で、改めて言葉にしてみるならば、まず着物やその材料を作る人たちがいて、それらを着る人のもとへ届ける人たちがいる。それは着物に限ったことでなく、洋服も同様であるわけですが、良くも悪くも着物を手に入れるのがちょっと難しい時代だからこそ、着物を着るだけで出会えた人がたくさんいます。自分のおしゃれの出所を探れば、人の顔が浮かんでくる。小難しいことを考えずに着るだけでも楽しいのですが、わたしのおしゃれはこの世のどこからやって来るのかと、ときどき思い出してみています。
未衣子
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