着物ファンなら誰もがお蚕様のお世話になっているはず。だって、長着や帯は言うまでもなく、帯締めや帯揚げといった小物類、外側からは見えない伊達締めまで、いつも装いのどこかしらに絹が使われていますからね♪
今回ご紹介するのは、わたしたちの着物と切っても切れない縁がある、お蚕様が生まれ育つ場所。埼玉県秩父市の養蚕農家「影森養蚕所」さんで、養蚕体験・見学をしてきました! 養蚕農家の久米悠平さんに、養蚕のお仕事やお蚕様の生涯について教えていただきましたよ。
影森養蚕所は、現在秩父市で唯一の養蚕農家です。わたしが住んでいる埼玉県で、今でも養蚕を続けている農家の数は、たったの8軒だと聞きました。着物の職人と同様に、養蚕農家も高齢化や人手不足に直面しているのですね。同世代の久米さんは、そんな状況下で家業の養蚕を続けていらっしゃいます。
養蚕の見学・体験は、影森養蚕所公式サイトの問い合わせフォームから申し込みできます! また、学校などの教育機関や公共機関での講演も受付されているそうです。 |
1.影森養蚕所の仕事場を覗いてみよう!【養蚕見学】
養蚕農家では、お蚕様が大きく育って繭を作るまでの流れを、一年で何周も繰り返しています。そのため、時期によって見学できる仕事風景やお蚕様の大きさが変わるそうです。
わたしが養蚕見学した6月上旬には、繭を作る少し前のやや大きなお蚕様がいました。みなさんが見学する時期には、一体どんな様子が見られるかしら? お楽しみに♡
埼玉県秩父市の養蚕農家「影森養蚕所」の特長
現地に到着して、最初に見せていただいたのがこちらです!
まるで粉のように見える細かい粒は、お蚕様の卵。影森養蚕所では、この卵をかえして桑の葉のみを与えてお蚕様を育てるという、昔ながらの方法で養蚕を行っているそうです。
では、お蚕様を育てるための桑の葉は、一体どれくらい必要なのでしょうか?
なんと、この量で1日分。
毎日軽トラック2〜3台分の桑の葉を桑畑から切り出して運ぶのも、養蚕農家の大切な仕事の一つ。お蚕様は桑の葉を食べて育つので、ここにある桑の葉が、やがてわたしたちの着物になるわけです。なんだか不思議な感じ!
着物一反に約3,000個の繭が使われているのは皆さんご存知のはず。影森養蚕所では年間約1トン(着物に置き換えるとだいたい200反分くらい)の繭を生産しているそうです。こうして着物の原料を辿ってみると、途方もなく大きな数字が出てきて驚きます。
見学すれば、きっとお蚕様と通じ合える!
続いて、お蚕様がいる部屋へ向かいます。
ところで、この文章を読んでいる人のなかには、虫が苦手な方もいるかもしれませんね。実はわたしもちょっと苦手でして……見学前に久米さんから「無理なく見られるところだけで大丈夫ですよ」とお声がけいただいておりました。(汗)
でも、そんな自分がお蚕様と対面した結果、見学後には違う世界が見えたことをぜひお伝えしたいと思います。どうぞお付き合いください。
こちらの短い動画、再生しているのに画面が動かないように見えませんか? わたしが現地で見たお蚕様は、ご覧の通りあまり動いていませんでした。この日は雨天で涼しかったのもあり、特におとなしかったようです。
かごの中で育てられているお蚕様は、新しい桑の葉を与えたとき以外は、ほとんど動きません。そのため、かごは蓋などをしていない状態です。「這い上がって逃げ出したりしないの?!」と衝撃。なんて落ち着いていて、静かに暮らしている生き物なのでしょうか。
――そもそも、わたしが虫に苦手意識を持っている理由を振り返ってみました。「素早い動きでこちらに向かってくる」「噛んだり刺したり毒があったりする」「家や車など入ってほしくない場所に侵入する」などなど……。
お蚕様はわたしたちの嫌がることを何ひとつしません。飼育されているかごのなかで、じっと桑の葉を待ち続けて、シャリシャリと静かに食んでいるのです。そんな様子を眺めているうちに、なんともいえない親近感が芽生えてきました。
養蚕には数千年もの歴史があります。つまり、お蚕様はそれだけ長い時間、人類が育ててきた特別な生き物だといえるでしょう。わたしと目の前のお蚕様も、ある意味では今日ここで初めて対面したわけでなく、人と蚕という長きにわたるパートナー同士なんですよね。
だんだんお蚕様と打ち解けてきたところで、久米さんから「手に乗せてみますか?」とのお声がかかりました。ドキドキしながらお蚕様を手のひらに乗せて、桑の葉の上にそっと戻しました。ここへ来る前の自分だったら、間違いなく挑戦できなかったことだと思います。
こうしてお蚕様を見ているうちに、しだいに「なんて可愛らしい生き物なんだろう」という愛着と、「わたしたちの着物を作ってくれてありがとう」という感謝とが、複雑に入り混じってきました……。
影森養蚕所の繭を使った製品はどこで買える?
最後に向かったのは、建物の上階にあるお蚕様が繭を作るスペースです。
わたしが見学した時期は、まだお蚕様が繭を作る前の段階。そのため、辺りには組み立て前の「回転まぶし(=お蚕様が繭を作るための小さな部屋)」が並べて置いてあります。
繭を作る時期には、一体どんな風景が見られるのでしょうか? また別の機会にも見学してみたくなりました。
さて、着物ファンとしては「この養蚕農家さんの繭を使った着物はどこで買えるの?」と気になってくるもの。
影森養蚕所の繭を使った着物関連の製品は、秩父市内にある「秩父ふとり工房」さんなどで購入できるそうです。また、今後は秩父銘仙の織元との連携も予定されているのだとか。このほかにも、着物の領域でさまざまな展開がありそうですので、楽しみに続報を待ちましょう!(※2024年6月現在)
気になる方は、影森養蚕所のSNSや公式サイトで最新情報をチェックしてみてくださいね。
2.養蚕の仕事を体験してみた!【養蚕体験】
影森養蚕所では、養蚕の仕事の一部を体験することができます。養蚕体験に挑戦してみたい方は、動きやすい服装で参加しましょう!(わたしはブログの撮影のために洗える着物×半幅帯で参加しています)
2-1.お蚕様に桑の葉を与える体験
養蚕といえば、まずこの作業をイメージするのではないでしょうか。お蚕様がいるかごの中に桑の葉を並べる仕事の体験です。
桑の葉は枝つきの状態。ごそっと枝ごと持ち上げて、背後にあるお蚕様のかごまで持っていきます。
葉っぱがかご全体に行き渡るように、バランス良く配置します。ちなみに、1つのかごに約1,000頭のお蚕様がいるそうです。
この動画のように、専用の機械を使ってかごの順番を入れ替えることができます。
動画に映っているかごは、34番が作業後のもの、35番が作業前のものになります。2つのかごを比べてみると、35番のほうはお蚕様が桑の葉を食べて、緑色の面積が少なくなっているのがわかります。
2-2.回転まぶしを組み立てる体験
お蚕様が繭を作る場所となる「回転蔟(かいてんまぶし)」を組み立てる仕事の体験です。
組み立て前はこんな形をしています。完成すると長方形の木枠のような見た目になりますが、実際はコンパクトに畳める形状だったので意外でした。この小さな隙間の一つひとつにお蚕様が入って繭を作るということですね。
形を整えながら取り付けていきます。取り付け方がずれると、きれいな長方形にならずに歪んでしまいます。慣れないと結構時間がかかる……!
取り付けた後は、右の写真のように設置されて、くるくると回るようになります。上にのぼるお蚕様の重みで自然と回転することにより、全ての枠にバランスよくお蚕様が収まる仕組みになっているそうです。
2-3.まぶしから繭を取り外す体験
「自動収繭毛羽取機」という機械を使って、まぶしから繭を取り外す仕事の体験です。今回は繭がない状態での練習となります。
まずは、久米さんの作業風景を見せてもらいましょう。あまりにスムーズで無駄のない動きなので、簡単にできそうに見えたのではないでしょうか。
ところが、わたしが挑戦してみると……?! ぜひ動画でプロの動きとの違いをご覧ください(笑)
「秩父養蚕〖RE:START〗プロジェクト」に賛同しています
ここまでの養蚕体験には、さまざまな道具や機械が登場しました。実は、これらは養蚕の仕事に不可欠でありながら、新たに生産されず、現役の養蚕農家さんが必要な道具や機械を入手しにくくなっている現状があるのです……。
みなさまのお知り合いに、ご不要になった養蚕の道具や機械をお持ちの方はいらっしゃいませんか? お心当たりのある方は、以下の投稿をよくお読みになり、プロジェクト主催者へご連絡くださいませ。
今すぐでなくても、今後の人生で養蚕の道具や機械を処分しようとしている人をどこかで見かける可能性があります。そんなとき「もしかして誰かが必要としているかも?」と思い出して声をかけていただくだけでも、現役の養蚕農家さんの力になれるかもしれません。
わたしは「秩父養蚕〖RE:START〗プロジェクト」に賛同し、応援しています。
SNSで着物コーデを投稿しています。ぜひフォローしてください!
着物のエッセー『週末着物の三年間』
毎週末に着物を着る生活をエッセーに綴りました。着物を着る方には、きっとクスッと笑ったり共感したりと、一緒に楽しんでいただけるはず! お気に入りのコーデ写真(白黒)も掲載しています。冒頭部分を無料公開しているので、ぜひご覧ください。
着物の小説『銘仙日和』
今と昔の秩父銘仙の生産者を、レトロなちちぶ銘仙館を舞台に描いた小説です。大正~昭和時代に銘仙の織り子として働いた女性たちのインタヴューを読み、おばあちゃんたちと対話したくなって書きました。こちらも冒頭部分を無料公開しています。
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