【ヨガ日記】亀の歩幅

久しぶりに過去のヨガ日記を読み返してみたら、あれから太陽礼拝は毎朝続けているし、アシュタンガヨガを習慣的に練習する場所にも出会えたし、状況が変わったものです。そう、新しいヨガスタジオが見つかりました。今は不慣れな環境で絶賛練習中。

練習環境はアウェーで、新しい生活リズムは2周もしていないので、落ち着きとは程遠い暮らしをしています。それでも、昨年末のヨガスタジオとの別離からの大きな流れにはひと段落ついたわけで、どこかほっとしました。ヨガに限らず常々思うことですが、物事の起こるタイミングは不思議なもので。長年お世話になったスタジオを離れる決断をしなければ、新しいスタジオとの出会いもなかった。どうなることやらと不安なままでの見切り発車でしたが、聖者アシュタバクラのエピソードから引用するならば、これも「起こることはすべて最高でございます」ということなのでしょうか。

新しい練習環境ではわからないことだらけです。あれもできない、これもできない。もうわけがわからなすぎて、へらへら笑っちゃうくらい。そういえば、一緒に練習する方たちはよく笑っています。初めてこの雰囲気を見たとき「これくらい肩の力を抜いて練習するのもいいかもなあ」と思ったんです。ヨガ歴は7年目になりましたが、このわからなさ加減は、1~2年目の頃と近いかもしれない。でも、わからなくたっていいじゃないか、といつも根詰めすぎる自分を宥めながらやっています。わからないこと、できないことを、虱潰しになくそうとするのではなくて。真面目さや真剣さは、寛容さと相容れないわけではないのだろうし。

このポーズができるようになったら、今よりも少しだけ自信のある自分になれるんじゃないか。長らくそういうふうに練習してきました。しかし、いざここまで続けてみると、7年前よりもできることが増えたところで、自分は自分のままです。それだけならまだしも、目の前にはさらにできないことが山積みになっているではありませんか。もう、ずっとこうなのかもな。それはネガティヴな意味ではなく、あるいは無気力というのでもなく、少しずつ挑戦しながらも、そういうものなのだと安堵できるような状況といいますか。こういう自分になりたい、を延々と繰り返すのは悪いことではないけれど、そこには果てもなければ達成もないのだと――。

混乱の最中ですが、日々やるべきことは目の前にあります。できなくても練習に出る。自主練習をする。わからないし、せっかちだし、とにかく焦るし。でも、何もかも一歩ずつ手をつけていこうと思います。今日のポーズはクールマーサナ(=亀)。