ゲストハウスのスタッフはルームキーを手渡しながら「鍵の閉じ込めが多いので、気をつけてくださいね」と言った。鍵を持たずに外へ出ると、締め出されてしまうタイプの部屋らしい。そういう類の凡ミスはしっかり者の自分とは無縁なので、軽く聞き流した。
早朝5時、目が覚める。ひどく喉が乾いていたので、階下の自販機で飲み物を買いに行くことに。もちろん鍵は持ち出した。喉をうるおしてから部屋に戻り、ポケットからルームキーを取り出す。が、キーホルダーの先端にあるはずの鍵がない。慌ててポケットをまさぐり、今歩いてきた廊下を振り返っても、どこにも鍵は落ちていない。まさかとは思うけれども、キーホルダーから鍵の部分だけが外れて、室内に落ちているのか? しっかり者のわたしは、こうして5時に外へ締め出された。
ゲストハウスのスタッフが来るまで、少なくとも1時間半はある。電気のつかない館内の暗闇で、明るくなるのをじっと待つのは、幽霊のように第一発見者を驚かせてしまいそうだから避けたかった。ひとまず外へ出ることに。
少し歩くと、湖がある。湿った土を踏みしめてほとりを目指すも、誰かの別荘だらけの道には、人っ子ひとり居ない。ぬかるみで靴が沈んでしまわないところまで歩みを進めた。湖をぐるりと囲む山々にはぼんやりと雲がかかり、どこかで知らない鳥が鳴いている。ヨーガのように呼吸をして、波の立たない水面を眺めていた。合掌して目を閉じて、しばらくそのまま過ごしている。
もしも部屋から締め出されなかったら、わたしは眠りについていたはずだ。ルームキーは持って出た。今はあの偶然へ感謝をしている。